2024年07月11日09:49最初の収穫は去年取り損ねたと思われるジャガイモでした5

梅雨の訪れと畑に蔓延る雑草

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6月のある日曜日、珍しく家族全員が休日に揃ってお休みです。私は土日にも仕事があるので、基本的なお休みは平日になる為、コロナ以前は特にそうでしたが、日曜日に家族が揃うのはわりとレアな事象です。
庭の畑では、梅雨の恵みの雨に助けられて雑草が採っても採っても次から次に生えてきて始末に負えません。作物を植えていると思われる畝にさえ雑草が蔓延ってしまって、畑の秩序が乱れています。このまま放置すれば手の施しようがなくなるため、早急な対応が必要です。
午前中のまだ涼しい時間帯に家族総出で雑草取りをすることにしました。
道具類は先日確認した通りなので、各自が何かしらの得物を持っても間に合いそうです。私は手鍬をチョイスしました。鍬に比べて柄が短いので取り回しが楽で、初心者にも扱いやすいです。中学校の頃に、月に一回の地域活動の雑草取りの折に良く使った記憶があり、少し作業をすれば身体が思い出しそうです。

庭の片隅にタープを張って

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湿度も高く暑くなってきた時期ですから、熱中症予防に水分補給と日陰になる休憩スペースは欠かせません。スポーツドリンクとお茶(我が家ではお茶、というと麦茶又はルイボスティーのことを指します)をボトルに用意します。日差しを遮るものがない我が家の南側に、日陰を作るために大きめのタープテントを張ってキャンプや運動会の時に使おうと思って購入した折り畳みのテーブルと椅子も用意します。大仰だと思われるかもしれませんが、この地域はとても暑くなるので熱中症対策はし過ぎるほどでちょうど良いと思っています。

家庭菜園ビギナーの活動限界

プロフェッショナルに近い熟練した家庭菜園の愛好家とは違い、私たち家族は駆け出しのビギナーです。屈んで雑草を抜いたり、鍬を振るって土を掘り起こしたりすることにはまったく慣れておらず、持続可能な作業時間も極めて限られた時間でしかありません。 精々1時間が活動限界だと思われ、その作業量でクリアにできる畑の面積は本当に僅かなものです。
ネギを植えているエリアが特に雑草が生い茂ってしまっているのでそのあたりを重点的にやりながら、レタスが植えられているエリアも手分けをして綺麗にしていきます。 レタスはどうも種をばら撒いたらしく、狭い範囲に密集して育ちつつあるので、比較的雑草がないエリアに移植をすることにしました。なんといっても家庭菜園の醍醐味は新鮮な野菜が採れることですから、毎日レタスやサラダ菜、ルッコラやキャベツが採れるなら、それはとても素晴らしい食卓を保証することになります。朝食のグリーンサラダ、夕食の主菜に付け合せる葉野菜や味噌汁に入れる具が庭で採れるのは、大袈裟に言えば天祐です。

雑草取りの戦利品はジャガイモ

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レタスを移植していた娘が奇声をあげます。
移植先の畝で雑草を抜いていたらどうやらジャガイモが掘れてしまったようです。今年のジャガイモは3月14日に苗を植えられており、それらが植わっている畝とはかなり離れた場所で娘がジャガイモを掘り当てたので、恐らくなんですが、昨年植えたジャガイモが掘られないままに世代交代して育っていたものを掘り起こしたのでしょう。
掘り進めていくと、かなりの量があります。バケツにして4杯ほどがあっという間に収穫できました。
収穫出来たジャガイモをよく見ると幾つかの品種があるようです。男爵とメークイーン、それにやたら黄色いのはキタアカリでしょうか。今夜はジャガイモ尽くしになりそうです。
小さな一口サイズの小粒なジャガイモも多いですが、立派なサイズのジャガイモもいて、今年は比較的当たり年のように見えます。育てられていたジャガイモではないので、一部が畝から地表に露出していて表面が緑色に焼けているものもありました。webで調べると食べられないわけではないものの、そのようなジャガイモは味は落ちるようです。日に当たってしまったジャガイモはフライドポテトにして食べようかと思います。

この日の夕食は

肉じゃがと二度上げして表面がカリカリ、中はホクホクのフライドポテトになりました。取り忘れが育った走りのジャガイモでさえこれだけ美味しかったので、きちんと苗から植えられたジャガイモには期待が出来そうです。


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2024年07月11日07:22トトロの杜3

荒川側から坂道を登ると

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トトロの杜のような雑木林に棲む生き物たち

我が家のある荒川右岸の河岸段丘最上部へと、低地側から急な勾配を登る途中の風景は、この数十年ほとんど変わっていないように思えます。画像のような細いアスファルトの小径の両側には鬱蒼と茂る雑木林が続き、日差しも木々に遮られてその木陰は夏の昼でも湿度を感じます。
東京から1時間弱のこの雑木林には驚くほど多様な生き物が棲んでいて、タヌキやキジといった比較的ポピュラーなものの他に、野ウサギ(実は画像にも小さく映り込んでいます)やイタチ(サイズが小さいのでもしかしたらイイズナかもしれません)にウズラ、ハクビシンやアライグマといった外来種に、アナグマやキツネのようなかなりレアな動物までが存在します。蛇もアオダイショウ、ヤマカガシそして危険なマムシが頻繁に見られます。
鳥類では珍しいところだとアカゲラ(キツツキ)や大きなフクロウが姿を見せることがあります。
植物相はまさに雑木林と呼ぶのにふさわしく、雑多な樹々が入り乱れて生えており、ナラ、ブナ、ヒノキ、ヤマグリ、フジ、ヤマザクラ等の他に土地の境界や古くに開墾された小さな畑だった場所に養蚕で使われたクワが大きく育ってしまっていたり、クリやビワが植えられたまま忘れ去られていたりします。

桑(クワ)は養蚕で使われるカイコ(蚕)の餌としてその葉が利用されました。この地域では江戸時代に養蚕が盛んになり、古くからある農家には大抵蚕屋という専用の納屋があって、其処では何十万匹ものカイコが育てられていました。昭和の終わり頃まであったクワ畑は今はもうありませんが、その名残のクワの樹があちらこちらに半ば自生したように大きな枝ぶりを伸ばしています。

昼なお暗い小径が通り抜ける緑のトンネルは、まるでジブリ作品に出てくる田舎の景観そのものです。
お酒を飲んで帰ってくるときはバスを使うのですが、最寄りのバス停から家までは15分ほど歩かなくてはならず、街灯もまばらな真っ暗な道は本当にトトロの作品世界のようです。さすがに時代のせいか、私がこどもの頃は雑草が生えたあぜ道だった小径も舗装され、従来白熱灯や蛍光灯だった森の中の電柱についている常夜灯もLED化されましたが、それでもなお昭和50年代にタイムスリップした雰囲気は失われていません。

この地域の100年後を想像する

私たち家族の住むこの辺りの過去からのタイムラインは大雑把にはこんなところです。
では今から100年経った先はどのようになっているでしょうか。
消滅可能性都市に挙げられるような過疎化の進む地域ですから、この周辺の集落も人口の流出が進んでいますし新しい流入もほとんどないですから地域社会の概観やインフラは変わらないままでしょう。雑木林を伐採して再生可能エネルギー設備(比較的大規模な太陽光発電)があちらこちらにできてはいますが、それらは河岸段丘の南面にある傾斜に多く、大抵は周辺を森に目隠しされているので作られ始めた頃は異観と感じていましたが既に10年以上の年月が経過している為、それらさえこのあたりの景観になじんでしまった風でもあります。

とはいえ、再生可能エネルギーというイメージとは裏腹に環境破壊していることに変わりはないので、ニュースでの再生可能エネルギー賛美の風潮は正直なところ辟易です。これは例えば原発や火力発電所を生活エリアの近隣に建てられた住民の気持ちとなんら変わりません。

ちょうど鎮守の杜のように、その境内を目隠しするように森が取り囲んでいるので、直截全容が見えない太陽光パネルや工業団地の各施設は昔から其処に在ったかのような佇まいでさえあります。

個人的なイマジネーションでは、それはちょうどバレエ「眠りの森の美女」で眠らされてしまったオーロラと一緒に目覚めるまでリラの魔法で時を停められた森の中に隠されたお城のようです。

100年後でも、この地域の風景は相変わらずなのかもしれません。


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2024年05月10日12:44はじめに4

我が家のロケーション

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荒川が形成した地形

関東平野を流れる荒川上流の右岸に広がる河岸段丘最上部にある我が家。
段丘の下段では水田耕作も行われているものの、最上段では水利が悪いらしく昔からせいぜい陸稲が育てられるか、小麦やトウモロコシ、養蚕に必要な桑栽培、それに野菜が育てられていた土地柄です。
井戸は少し掘ればすぐに水脈に当たるようで各戸で井戸を保有していましたが、水質汚染により平成の早い時期に井戸を放棄することになりました。私が子どもの頃は井戸に大きな鯉(苔を食ませるために放つようです)が居て、夏は野菜や西瓜を冷やしていたりしました。

畑を用途変更

我が家は分家で、この辺りでは普通「新宅」という言い方をしますが、家を建てた土地は元々本家の脇にあった畑(其処では玉蜀黍だったり生姜だったりを育てていました)であったものを宅地に用途変更して新築したので、庭と言っても其処は本質的には純然たる畑です。
なお、河岸段丘地帯の低地と高地の住人同士では見えている風景が違うせいか、低地からしたら高地は山の上で境界の外に見えるようです。段丘上部に棲む側からすると、台地は川と反対方向には水平面に果てしなく広がっているので、低地側が境界の外に見えるのですが人間の目はかように極めて狭い範囲でものを見定めてしまうものです。

これから畑を始める初心者一家

そんな我が家の庭兼畑の管理者だった母が急逝したため、管理者不在となってしまった畑。
車の駐車スペースには砂利を入れていますが、それを引いてもかなりのスペースで簡単に自家菜園というには手に余る大きさです。雑草を取り除いたりする管理的な作業だけでも膨大な時間が取られそうで気が遠くなりますが、亡き母の形見とも言えるだけに放置することもできそうにありません。 幸い、ママとローティーンの長女が庭で採れる季節の野菜たちに愛着があるらしく、この畑を引き継ぐ気のようです。バタバタと葬儀や四十九日が過ぎていき、主を喪った畑に雑草が目立ち始めたゴールデンウィーク過ぎにママから「ばあちゃんの畑を維持する」と正式なアナウンスがあり、そうなるとまだ6歳の長男や私にはそれを四の五の言う立場になく、かくて家庭菜園の初心者ばかり総勢4名でこの少し広過ぎる家庭菜園を切り盛りすることになりました。いま思えば、母が元気なうちに家族全員で畑を作っていれば良かったのでしょうが、人間はその状況になって初めてそこに存在し続けていたやるべきことに邂逅し、なかなか経験するまではそれに気付かないものです。

手元に遺されたもの

インベントリを調べると

さて、再開拓を開始する前に私たちに遺された道具やアイテムを確認しておきましょう。 畑を見てみると、既に植えられたり蒔かれているジャガイモの苗、里芋の苗、カボチャの種、スイカの種、白菜、レタス、キャベツ、大根、ネギが存在するようです。 畑の片隅には10年ほど生育したブルーベリーの樹もあります。毎年摘んでいたのでお茶も生えているはずです。 ニラやシソ、大葉もいます。 種子の状態ではオクラや菜花、ルッコラがありました。 道具はどうでしょう。 使い込まれた鍬、小さめの手鍬が二本、鎌も二本、スコップ、シャベル、如雨露、錆びついた剪定ばさみ、箕、バケツなどが確認できました。 消耗材では、寒冷紗、化学肥料などが残されていました。
思ったより多くの作物が育てられていて、道具はかなり古びています。少しずつ畑をメンテナンスしながら必要なものを買い足していけば間に合いそうです。
まずは雑草が蔓延り始めた畑と庭の手入れをしながら、季節の作物を育てていくことになります。既に植えられて育っている作物は収穫の時期が来れば採り、時期が過ぎれば抜いて別の苗を植えたりメンテナンスをしなければならないでしょう。
すべて一から手探りで進めていくので本当のトライ&エラーになります。一体どうなることか、先行きが見えません。


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